下呂温泉の魅力
下呂温泉とは
下呂という地名は千年以上の昔、情報伝達のために設けられた馬の中継地点「馬屋」を起源としています。「呂」とは駅・中継点を意味しています。この付近には上呂・中呂・下呂が設けられました。
下呂温泉は林羅山によって、日本の三名泉[下呂温泉・草津温泉・有馬温泉]と讃えられました。
下呂温泉の歴史
下呂温泉は元々、湯ヶ峰という火山に湧いており、950年前後に発見されています。「万病に効く湯」として評判で、山頂の南側にある湯の平と呼ばれる地に、明治時代までは湯壷の後が残っていたそうです。
ところが1265年にこの一帯に地震が起き、湯ヶ峰の温泉が止まり、現在の益田川から湧き出すようになりました。この一連の出来事が地元では伝承として残っています。
白鷺伝説
むかし、下呂は温泉が豊かに湧き出で、村の人たちに親しまれていました。
ところがある日大地震がおこり、下呂からはぱったりとお湯がでなくなってしまったのです。村の人たちはたいそう悲しみました。
ある日、一羽の白鷺が益田川の河原に降り立ちました。あくる日も、その次の日もその白鷺はやってきて、同じ場所でじっとしているのです。
不思議に思った村人がそこを訪れると、温泉がこんこんと湧き出ているではありませんか。 そして、白鷺が飛び去ったあとには、一体の薬師如来像が立っていたのです。
そう、白鷺は村の人たちを哀れんだ薬師如来の化身だったのです。
この伝説は下呂の人々が大自然への畏敬の念を顕わしたものかも知れません。しかし下呂温泉はこの後、苦難の道を歩みます。温泉が河原に移ったことで人々が集まり、栄えてはきたのですが、飛騨の山に降り注ぐ雨が幾多の谷や支流から集まり益田川へと注ぎこむことで、幾度となく「下呂抜け」と呼ばれる洪水を引き起こしていたのです。
1825年に起こった洪水ではすべてが飲みこまれ、復旧に7年を要したにもかかわらず、そのわずか5年後。再び湯壷は完全に川底へと沈んでしまいました。
その後温泉が復活するには実に29年の歳月が必要でした。明治9年(1876)、一筋の湯気とともに温泉が湧出します。下呂に再び活気が戻ってきます。1896年には再び下呂抜けによって泉源が変わりますが、この後もしばらくは洪水があれば掘り起こす、いたちごっこを繰り返していました。
しかしそれも、1900年代にも入るとボーリングによって豊かな源泉を掘り起こすことに成功し、湯治場から温泉地へと発展していきました。
下呂温泉の泉質
泉質は、アルカリ性単純泉。無色透明でお肌に優しく、絹のようにスベスベにしてくれます。